大判例

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大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)4616号 判決 1972年1月27日

原告

木内節夫

右代理人

中山福蔵

外一名

被告

株式会社新興商店

被告

藤井忠治

右二名代理人

谷口茂高

外一名

主文

一、被告らは、各自原告に対し、金七四〇、〇〇〇円およびこれに対する被告株式会社新興商店につき昭和四五年一二月二五日から、被告藤井忠治につき同年九月一〇日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四、この判決は原告の勝訴部分に限り執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一、被告らは、各自原告に対し、金三、一〇六、八六〇円およびこれに対する訴状送達の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  請求の原因

一、事故

原告は次の交通事故により傷害を受けた。

(一)日時 昭和四四年一二月一〇日午後四時一〇分ごろ

(二)場所 大阪市生野区勝山通九丁目七二番地先道路上交差点

(三)加害車 貨物自動車(大阪四ゆ七三九九号)

右運転者 被告藤井忠治

(四)被害者の事情 横断歩行中(当時満四才)

(五)態様

被告藤井忠治は、加害車を運転して本件事故現場交差点に至り、同交差点の東側約五メートルの地点に同車を停車させて荷物の積卸しをなした後同車を発進させて東から南に左折させながら助手一名を左側のドアから乗車させていた際、同交差点を南から北へ横断歩行中の原告に気ずかず、同人を加害車の前輪に接触させ下敷きにしたもの

(六)傷害

外傷性上肺葉断裂、気管支断裂、右下肺葉気管支断裂

頭部外傷Ⅱ型、左側頭後頭部挫創

右上肺葉全切除、右下肺葉区画切除

二、責任原因

(一)  運行供用者責任

被告株式会社新興商店(以下被告会社という)は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

(二)  一般不法行為責任

被告藤井忠治は、前方不注視、発進、左折方法不適当、ハンドル操作不適等の過失により本件事故を発生させた。

三、損害

原告は、本件事故により、次の損害を蒙つた。

(一)  大阪赤十字病院治療費、交通費金六、八六〇円

(二)  慰藉料 金三、〇〇〇、〇〇〇円

原告は本件事故により右胸を切開き右肺部分切除の手術を受け、そのため、風邪をひきやすくなり、今後の不安も大きく、その精神的、肉体的苦痛は甚大であり、慰藉料は金三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(三)  弁護士費用 金一〇〇、〇〇〇円

四、よつて原告は、被告らに対し、前記(一)ないし(三)の合計金三、一〇六、八六〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求原因に対する答弁および主張

一、請求原因一の(一)ないし(四)、二の(一)は認めるが、一の(五)、(六)、二の(二)、三はいずれも争う。

二、過失相殺

被告藤井は本件事故車を運転して事故現場交差点を徐行して左折進行していたところ、原告が同交差点を買物に気を奪われて安全を確認せずに同車の進路直前に飛び出してきたため、同被告においてこれを避けえずに、同車を原告に接触させるに至つたものである。このように本件事故は、原告の重大な過失に基因するものであり、また、原告が満四才の幼児であるので、原告の両親において、交通道徳を教えると共に危険な場所に放任することなく相当な注意をなすべきであつたのに、これを怠り監護義務を尽さなかつたのであるから、原告の親権者らに過失があり、この点は損害額の認定につき斟酌されなければならない。なお、被告らは原告に対し、治療費金二五三、五七三円、付添費等金二五、〇〇七円、入院雑費金二九、〇〇〇円、交通費金一、三〇〇円合計金三〇八、八八〇円を支払つているので、右を含めて過失相殺されるべきである。

第四、証拠<略>

理由

第一、請求原因一の(一)ないし(四)、二の(一)の各事実は当事者間に争いがない。

第二、事故態様、過失

<証拠>を綜合すれば、本件事故現場は、道路の幅員が五、五メートルの東西道路と、五、四メートルの南北道路の交差する交差点であるが、被告藤井は加害車を運転して同交差点に至り、同交差点東北角の訴外品川方の南側前路上に同車を停車させて同訴外人方に積荷を卸した後、同交差点を東から南へ左折進行しようとして同車を発進させ、同交差点内の東側(南北道路に加害車の先端がかかる地点で東西道路の中央部付近)で同車を一旦停車させて、同訴外人方より伝票を受取つてきたため遅れた同車の運転助手訴外前田繁雄を助手席に同乗させ、再び左折進行し、東西道路の南端の延長線上をわずかに通過した付近に至つた際、前輪が何かに接触した「コトン」という音を聞き、直ちに同車を停車させて下車したこと、加害車の運転助手である訴外前田は前記の地点で加害車の助手席左端に同乗し、同車が左折しながら約二、六メートル進行した際、前方に黒いものが飛び出してきたのを認め、その直後に同車に何か接触した感じを受け、停車した同車から下車して同車の前部を見に行つたところ、同車の下に転倒している原告を認めたことがそれぞれ認められる。被告藤井は同車と原告との接触地点が東西道路の南端の延長線上より北側の同交差点中央寄りであつたと述べ、前掲甲第三号証にもその旨の記載があるが、右は甲第三号証により認められる現場に残された血痕の位置が右の延長線上より約一メートル南側である事実および前掲甲第四号証に対比してたやすく措信しがたい。右事実によれば、被告藤井は本件事故現場交差点で加害車を左折進行するにあたり、運転助手を交差点内で乗せるなどしたため左前方に対する注意が疎かになり、左前方の安全を十分に確認することなく進行したため、折から同交差点の南側を東から西へ横断しようとした被害者(原告)に気ずかずないしは気づくのが遅れ、加害車を原告に接触させるに至つたものと推認するのが相当であり、同被告に運転上の過失があつたものと認められ、一方原告においても同交差点の南側を東から西へ横断するにあたり、左右の安全を確認せず走つて横断しかけたものと推認され、原告においても本件事故発生につき過失のあつたことは明らかである(過失相殺は加害者の違法性ないし非難可能性を斟酌する制度で、公平の観念に基く賠償額の決定を目的とするものであるから、被害者の責任能力や弁識能力に関係なくその外観上の行動を損害の公平な負担に反映させることが必要であり、かつ、これをもつて足るものと考える。従つて、原告が本件事故当時満四才の幼児であつたことは当事者間に争いがないが、原告に事理弁識能力があつたか否かについて検討するまでもなく過失相殺することができるものと考える)。従つて、本件事故は被告藤井と原告の双方の過失が競合して発生したものと認められ、その過失の割合は、右認定の事実その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、被告側を八、原告側を二とするを相当と認める。

第三、傷害

原告法定代理人親権者木内康尚本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証によれば、原告は本件事故により請求原因一の(六)記載の傷害を受け、昭和四四年一二月一〇日に大阪赤十字病院に入院し、同日、開胸術を受けて右記載どおり右上肺葉全切除および右下肺葉区画切除され、同月二七日同病院を退院し、その後通院し経過観察の結果、呼吸機能検査では分時換気量、一回換気量共に正常範囲であるが、レントゲン検査では右上肺がなく、肺の拡張が不充分で、機能障害の存在が明確であること、このことから、原告は医師より激しい運動を禁じられていること、がそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

第四、損害

一、原告は大阪赤十字病院の治療費、交通費として金六、八六〇円の請求をするが、その額を認めるに足る証拠がないので認容できない。

二、慰藉料

前記第三認定の部位、程度、入院期間、後遺症の内容、程度(自賠法施行令別表後遺症障害等級一一級九号該当と認める)、第二認定の過失割合および<証拠>によれば、被告らが原告の本訴請求外の損害金である治療費、付添費、入院雑費、交通費等合計金三〇八、八八〇円を支払つていること、その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、慰藉料を金六八〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

三、弁護士費用

本件事故と相当因果関係にある損害として被告らに賠償を求めうる弁護士費用は、本件事案の内容、認容額等を考慮して、金六〇、〇〇〇円とするを相当と認める。

第五、以上によれば、被告会社は加害車の運行供用者として、被告藤井は不法行為者として原告に対し、合計金七四〇、〇〇〇円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな被告会社につき昭和四五年一二月二五日から被告藤井につき同年九月一〇日から各支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務あることが明らかである。

よつて原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(吉崎直弥)

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